キム・チョンハク

小山登美夫ギャラリーでは、現代の韓国美術を代表するアーティスト、キム・チョンハクの個展を開催致します。
キム・チョンハクは1937年生まれ。韓国の雪岳山(ソラクサン)の風景や花や鳥、蝶などを、情熱的な筆致と力強い平面構成、エネルギー溢れる豊かな色彩で描く作家として知られています。50年以上の制作活動の中で、幅広い表現方法による多くの作品を生み出しており、81歳の現在においても精力的に制作を続ける姿は「韓国におけるピカソ」とも称されます。日本におけるキムの個展としては、1970年、1974年の村松画廊以来、実に44年ぶり3度目の開催となります。

【1970年代の苦悩の日々、雪岳山との出会い】

キムはソウル大学校で絵画を専攻し、初期の頃は西洋美術、モダニズムの影響を受け、抽象絵画を制作していました。1962年同大学校を卒業後、1968年~70年東京藝術大学にて、1977年~79年ニューヨークのプラット・インスティテュートにて、版画技術を学んでいます。1970年代はキムにとって苦悩の時期でありました。ニューヨークでの作品は、彼の憂鬱な気持ちから生み出され、1979年に韓国に戻ってからは、人生、そして絵画制作への意欲をも失います。その年ソウルを離れ、韓国有数の観光地である束草(ソクチョ)市に移住し、なにも見ず、なにも読まない、という禁欲的な時間を過ごしました。

その夏、キムは初めてその後の彼の永続的なモチーフとなる、韓国郊外にある雪岳山を訪れます。雪岳山の自然は作家の心を癒し、花々が咲きほこる際の色彩は、作家に衝撃をもたらしました。
「私は再び物事を見ることを始めました。全てのものが新しく見えました」
作家曰く、1970年代から80年代までの韓国の画家達は、厳格な抽象絵画を追求し、主題は政治的、社会的であるべきだと信じていたといいます。そんな中、彼は時代に逆行して具象絵画に立ち戻り自然を描き始め、アートに対する燃え上がる情熱を取り戻します。

「雪岳山に戻ると、私はからっぽの家で、星々や月を眺めることで夜を過ごしました。雪岳山の夜はなんて低く、明るいのでしょうか。日中、私は花々や蝶達を見ながら、山をさまよいます。そこで、私は、大学を卒業してからずっと探していた、自分の絵画の方向性を見つけたのです。私はペインターとしてのターニングポイントにもいました。」
(キム・チョンハク、娘に送った彼の手紙より、1989年2月)

キム・チョンハクにおける雪岳山は、ゴーギャンにおけるタヒチのように、セザンヌにおけるサント・ヴィクトワール山のように、単なる自然回帰ではなく、アートに対する新しい考え方を探求させる重要な場所になったのです。

【雪岳山への移住、キム・チョンハク独自の絵画世界の確立】

キムは制作や独自のスタイルの確立の為に、1987年ついに雪岳山に移住しました。彼が50歳の頃でした。
彼は作品制作に関して次のように語ります。

「私は花々を何度も繰り返し見て、それらを自分の心の中に深く刻み込んだ。それからそれらを、ただキャンバスだけを見ながら描いた」
「私は速く描くのが好きだ。ゆっくり描いたり、考えすぎるとうまく行かない・・(中略)速く描くと、ディティルは取り除かれ、描く対象の本質のみが残される。」
(キム・チョンハクの書いたメモより、2000年5月)


「ペインティングは、スケッチからそのまま描くと、取るに足らない、臆病なものになってしまう。スケッチはあくまでもスケッチでおわるべきだ。」

キムに観察され、心の中で熟成された対象は、素早いスピードで描かれます。おそらく油絵具を混ぜる時間すら設けず、作品に使われる色は油絵具の元々の色であるようです。花や蝶、鳥達は厚く大胆な線によって作品の中で力強い存在に変化し、山や木々からは、生命の誕生、成長、そして枯れていく四季の移ろいが伝わります。滝と川の流れを垂直、平行、対角線で表わした平面構成は、雪岳山の原始的な側面や深淵な美を表現しています。この時期は、彼独自の世界観を築き上げた、キム作品の円熟期と言って良いでしょう。

【韓国の伝統的美への回帰、自然との融合】

キムは、その後ソウルに行く度に、多くの骨董品店・古美術店が並ぶ仁寺洞を訪れるようになりました。そして彼は韓国の古美術、特に李朝の器や木製家具、刺繍、風呂敷などの日用品、書家の作品に魅せられます。1987年には韓国国立中央博物館にコレクションを寄贈し、彼自身の企画で特別展を開催するほどの有数のコレクターとなりました。

韓国の伝統的な美は、キム作品に多くの影響を与えます。木の工芸品からは3次元の感覚を得、そこに彫られていた花の形状は彼の絵画に引用されました。刺繍は色彩設計やモチーフにひらめきをもたらしました。彼自身語るように、冬の雪岳山を描いた作品は、伝統的な水墨画の構成や味わいを生き生きと甦らせたものです。

彼は、雪岳山に住むことで自然を、仁寺洞を訪れることで韓国の伝統的な美を経験し、赤、黄、青、翠、茶色といった韓国特有の色彩の輝きを作品の中に展開し始めました。

【「抽象絵画をベースにした新しい具象画」 印象派、コンセプチュアルアート、中国の画家からの影響】

キムは花や蝶、山などのモチーフを、色彩や形として抽象化して捉えてもいます。彼自身、「私の作品は抽象絵画をベースにした『新しい具象画』」であり「韓国の伝統的美から引用し、そこに西洋の現代美術の知識を加え、それらを混ぜ合わせたもの」と定義づけました。彼はゴッホ、セザンヌ、カンディンスキー、マティスなどの西洋近代絵画や、コンセプチュアルアートからの影響に加え、中国の画家、書家である八大山人や斉白石などの影響も多く受けています。彼のアートの特徴は、広く深い人生経験による、継続的な国際化の結果であるといえるでしょう。

明知大学校の美術史専攻の教授、イ・デホは、次のように語っています。
「キムは、初期の頃の抽象絵画における情熱を、「感覚的色彩の嵐のような激しいダンス」に匹敵するような花やポートレイトの絵画に変化させている」

彼の作品は様々な変化をとげましたが、そこには常に子供のような無垢と単純さがあり、それこそが多くの影響に適用してきた理由であります。彼自身「どんなに何度も春を描こうとも、次の作品は常に新しいものだろう」と語るように、81歳の今をもってそのエネルギーが衰えることがありません。彼の作品は、本来の人生の価値を伝えるものであり、それこそが今も多くの世代に愛される理由と言えます。

【展覧会について】

本展では新作を中心に約12点の作品を展示致します。新作のシリーズ、「white series」は、今までの密度の濃い画面から変化し、背景の余白を十分に取った作品となっています。草木を表現する線の連なりや、余白による空間の広がりがより現代性を感じさせる作品は、今もなお深化を続けるキムの表現の新たな試みです。
様々な国際的な影響を受けながら、力強い独自性を表現してきたキム・チョンハク。現代の日本における私達は彼の作品をどう感じ、どう観るでしょうか。44年ぶりの日本での個展というこの大変貴重な機会に、ぜひお越しくださいませ。

作家プロフィール

キム・チョンハク

1937年新義州市生まれ。1987年より韓国の束草(ソクチョ)市及びソウルに在住、制作活動をしていましたが、近年は釜山を拠点としています。
ソウル大学校にてペインティングを専攻し、1962年同大卒業後、1968年~1970年には東京藝術大学で、1977年にはニューヨークのプラット・インスティテュートにて版画技術を学びました。主な個展として、村松画廊(東京、1970年、1974年)、ギャラリーヒュンダイ(ソウル、韓国、1998年、2004年、2012年、2013年)、Johyun Gallery(釜山、韓国、1999年、2015年、2016年)、Galerie Gana(パリ、フランス、2006年)、Gana Art Center(ソウル、韓国、2006年)などがあり、2011年には韓国国立現代美術館 果川館で大回顧展を行いました。主なグループ展としては、パリ青年ビエンナーレ(パリ、フランス、1964年)、「韓国現代絵画展」(東京国立近代美術館、東京、1968年)、サンパウロビエンナーレ(サンパウロ、ブラジル、1973年、1975年)、「83Invited Exhibition of Contemporary Art Museum」(韓国国立現代美術館、ソウル、1983年)など、近年では「In Between」(錦湖美術館、ソウル、韓国、2014年)、「The Muse, Her-story」(煥基美術館、ソウル、韓国、2016年)があります。
作品は、韓国国立中央博物館、韓国国立現代美術館、ソウル市立美術館、釜山美術館等、多くの美術館がコレクションしており、現在、釜山にキム・チョンハク美術館設立(建築家の隈研吾氏設計)が計画されています。

  • Untitled, acrylic on canvas, 53 x 65.1cm ©Kim Chong Hak
  • Untitled, acrylic on canvas, 130.3x162.2cm ©Kim Chong Hak