ムハマッド・ユスフはインドネシア、東ジャワ出身の作家。社会的、政治的な問題や自然を独自の視点で観察し、制作しています。近年では土地が持つ独自のローカル性をテーマとした作品を多く手がけています。本展覧会では、作家の生まれ故郷ジャワの伝統的な婚礼衣装に身を包む女性たちを描いた新作ドローイング、彫刻を発表いたします。ジャワに生きる人々は、長い歴史において外来文化を取り入れながらも、生粋のジャワ人を意味する「クジャウェン(kejawen)」の精神を保ち続けてきました。婚礼の際の特徴的な化粧や服装には「クジャウェン」独自のシンボルが多く潜んでおり、衣装の細やかな柄ゆきまでもが丁寧に描き出された作品からは、ジャワ人の培ってきた知恵や哲学を感じ取ることができます。一方でユスフは、伝統的な儀式が現在も受け継がれてはいるが今や形式的なものに過ぎず、根底にある哲学は忘れられつつあることを危惧しています。華やかに着飾り一見幸せそうな花嫁ですが、瞳は漆黒に塗りつぶされ、その表情からは心情を読み取ることはできません。花嫁のミステリアスな瞳には同時に、理性では解明できない万物の神秘や、ふとした時によぎる空虚感といった、現代に生きる人々が共通に感じるような主題が込められています。本展で作家はクジャウェンへの敬意を表すとともに、鑑賞者それぞれが属する文化、深層心理に対する問いを投げかけます。
ムハマッド・ユスフ(Mohamad ‘Ucup’ Yusuf)は1975年、インドネシアの東ジャワ州生まれ。現在は同国のジョグジャカルタ在住。1998年、スハルト政権末期に誕生した学生たちの反体制運動から発展したアーティスト兼活動家集団、「タリン・パディ(Taring Padi)」の創設メンバーのひとりです。2013年には横浜美術館でのグループ展「Welcome to the Jungle」(熊本市現代美術館に巡回)に参加しました。また作品は福岡アジア美術館、シンガポール美術館、クイーンズランド・アートギャラリー(ブリズベン、オーストラリア)などに収蔵されています。小山登美夫ギャラリーでは、小山登美夫ギャラリーシンガポールで2015年に開催した個展に続く、2度目の個展となります。