この度小山登美夫ギャラリーでは、落合多武の個展「旅行程、ノン?」を開催致します。本展は、東京では2010年のワタリウム美術館での個展「スパイと失敗とその登場について」以来9年ぶり、小山登美夫ギャラリーでは2012年の小山登美夫ギャラリー京都以来7年ぶり6度目の個展開催となり、新作ペインティングを発表致します。
ドローイング、ペインティング、立体、映像、パフォーマンス、本の制作、詩や文章の執筆など、様々な方法を持つ落合多武。彼の作品は、世界の中にある事物、例えば名前、ネコ科動物、言葉、都市、死、偶然性などに、秘かな意味や関係性を見つけ出し、響き合う音のような豊かな想像力の広がりを提示してくれます。そして色、線を連動させながら、自身の連想のプロセスを造形に現します。
【本出展作について】
本出展作のペインティングは、1年12ヶ月分、12作品あります。それぞれ1ヶ月ずつ、異なる背景の色と共に、世界中の国に実際にあるその月の休日、祝日の名称が都市名と共に描かれており、その休日、祝日にあわせてその世界中の都市を旅するという「旅行程」となっています。
私達はこの世界中を短期間で移動する旅行程を目にし、自分の知識と経験によって、それはほぼ現実的には不可能な、休日であるにも関わらず非常に疲れる行程であることを理解するでしょう。しかし、もしその旅を実際にできれば、常に「休日、祝日」を過ごせることになります。作品には「言葉」と「色」という限られた要素により、様々な季節や世界各地の都市と休日のイメージ、またそこにまたがる非現実的な時間が遥かな広がりが表出されています。
この休日のアイデアの最初の作品は、2008年にニューヨークで発表したドローイングでした。それは当時落合が考えていた「猫のしっぽ」や「間違い」などの「余剰なもの(ノイズ)」という概念の考えから派生したもので、「休日」もある意味「余剰なもの」と言えるかもしれません。
そして今回のペインティングシリーズは、最初、言葉や文字で構成されたフランシス・ピカビアの1921年の作品「L’Oeil cacodylate」(日本語タイトル「カコジル塩酸の眼」。ピカビアが目の病気で臥せっていた時にお見舞いに来た友人達にメッセージや言葉を書いてもらった作品)から形式的な着想を得ました。そして2012年から制作が開始され、2014年に関連書籍「Itinerary, non?」をフランスの出版社onestar pressから刊行した際に、一時中断し、また2017年位から再開というように、開始からすでに長い時間が経過しています。
制作当初、落合はシュールレアリズム文学の傑作、ルネ・ドーマルの「類推の山」などの不可能でありどこか清々しい旅のイメージで制作していました。しかし2017年制作を再開した際、その間の世相の変化により、作品に新たな見え方があることに気づきます。まず休日は宗教、そして独立記念日といった戦争と深い関係があること。また世界中の都市を移動するごとに発生する入国、出国は移民や人種問題にも繋がること。ペインティングに描かれた目も、近年導入されたアメリカ入国時の目(顔)の認証を連想させる等、作家が無意識のうちに作品に新たな物語が顕在化したと言えます。
【概念のドローイング:落合の作品世界について】
落合の作品表現を例えると、すべて「概念のドローイング」と言うことができます。言葉でも、絵でも、映像でも、落合の頭の中にある思考やイメージをうつしだすという意味で、すべて「ドローイングを描く」かのように作品に変容させ、様々な種類の時間を浮かび上がらせます。
ワタリウム個展出展作「ブロークン・カメラ」は壊れたカメラで再生するたびに異なるエフェクトがかり、過去のログが蓄積し画面を覆う映像を現在見るという、2つ以上の時間が混ざっています。建築のドローイングシリーズは、建物自体は変わらず、時代によって建物の中身が変わるという話でもありました。小山登美夫ギャラリー京都の出展作の絵画シリーズは、ファブリックの上に漂白剤で描いたことによって、ほぼ作られた時間の長さ(数秒)が伝わります。 2008年に制作した本「note on the drawing」(team gallery刊行)では、「ネルドリップから抽出されるコーヒーの線」や「日光が鏡に反射する瞬間」「ネクタイを結ぶ動きはドローイングである」など、言葉による「概念のドローイング」で様々な時間やイメージを表出させています。
美術評論家の松井みどり氏は、落合の作品を次のように評しました。
「(落合作品の)その世界観とは、断片の結び付きや解体をとおして事物は流動的で有機的なネットワークを形成するという量子論的なものだ。」
(松井みどり「落合多武個展『スパイと失敗とその登場について』流動的で有機的なネットワークとしてのインスタレーション」LIBERTINES MAGAZINE、2010年7月号)
落合は、軽やかでウィットに富んだ表現をしつつも、時間や次元を越えた、無数の可能性に開かれた根源的な世界を追求しているようです。それはまるですべてがやりつくされたかに見える「絵画」という媒体を、日常の視点の変換によって再生しようとする試みでもあり、今日のアートが成立する極点を見出そうとしていると言えます。観客は作品を見、彼の思考を追体験することで、だんだんと決まりきった概念から解放され、もっと丁寧に日常を眺めていく柔軟性とユーモアが必要だということに気づかされるでしょう。落合の最新作の世界観を堪能しに、ぜひお越しください。
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