【作品紹介】
微細で洗練された色彩と構図を持ったライアン・マッギンレーの写真作品が表現するのは、自由で過激、そして時に純粋でもある桃源郷のような世界で、そこには常に時代の空気が捉えられています。2000年、弱冠22歳のマッギンレーは、ニューヨーク・ローワーイーストサイドに住むアーティスト、ミュージシャン、スケートボーダーといった友人達の生活を撮影し、大型写真作品として自主企画の展覧会で発表しました。同時に自費出版した50ページの作品集 “The Kids Are Alright”(タイトルはバンドThe Who のドキュメンタリー映画より)が話題になり、その3年後にはホイットニー美術館で同館史上最年少の作家として個展を開催しました。
シルヴィア・ウォルフ(元ホイットニー美術館学芸員、現ワシントン大学Henry Art Gallery ディレクター)は、次のようにマッギンレーの作品を評価しています。
「前の世代の若者文化を捉えた写真作品と違い、マッギンレーの作品は皮肉や退屈さ、そして不安を欠いている。マッギンレー自身やその被写体の生活は無邪気な明るさを手に入れているようだ。」(“The Kids Are Alright”展 プレスリリースより、ホイットニー美術館、2003年)
「マッギンレーの作品はラリー・クラーク、ナン・ゴールディン、ウォルフガング・ティルマンスの写真作品を思わせるが、(中略)大きな違いはマッギンレーの被写体はカメラの前で演じ、そしていかにも現代的な素直な自意識で自己を露出するのだ。写真に撮られる事を通して自己が形成される、という写真の意味を熟知しているのだ。(中略)自発性、率直さ、そして溢れ出る程の悦楽がみなぎる彼の作品は、このジャンルに新鮮さと熱を与える。パブリック/プライベートという行動領域の境界の崩壊、そしてマッギンレーの初期作品を特徴付ける被写体の異常なまでの自省的な行為は、YouTubeの時代、つまり、匿名のアマチュアが多くの人が見ることを意識しながら手作りで制作した個人的な映像が公開される時代の到来を予期している。」( シルヴィア・ウォルフ、‘Out of Bounds:Photography by Ryan McGinley’より、ライアン・マッギンレー作品集“You and I”、2011 年)
マッギンレーの作品は、自身やその世代の日々のリアリティを記録する作品から、入念に仕掛けられ、均衡でありながらも何が起るのか予期できない状況にある被写体の瞬間を捉える作品へと変化していきました。2003 年の夏、友人やモデル達とバーモント州の別荘に滞在し撮影を行っていたマッギンリーは、この時「撮影を演出する」可能性を見いだしたと言います。
モデルのありのままの姿を記録する過程で、彼は段々と「被写体が思わず自分を忘れてしまう――例えば裸のモデル達が木の枝に登る、または夜中に水中をさまよう――ような状況」を演出し、陶酔感の中にあるモデル達の瞬間をカメラに収めるようになりました。以降マッギンレーは、田園風景、野外コンサート会場、あるいはスタジオの中で、巧妙にそして注意深く光を操りながら舞台を作り、35mm の粒子の粗いフィルムで、まるで映画を撮るかのように自らが作り出した「ハプニング」を撮影しています。
【展覧会について】
今回、清澄の小山登美夫ギャラリーと、渋谷ヒカリエ内の8/ART GALLERY/Tomio Koyama Gallery では、マッギンレーの国内初となる個展を開催いたします。およそ2m×3m の大型作品が展示されます。
小山登美夫ギャラリーでは、2007 年に行われた8人の友人達との大陸横断旅行で撮影された作品を展示致します。彼の代表作とも言えるこのロードトリップのシリーズでは、マッギンレーは砂漠や青青とした草原といった広大な自然の中で、被写体を異常でスリルのある場所に配置し、時には自身が上下逆さまになって撮影を行います。作品からは、牧歌的な自由と若者の純粋さが感じられます。 マッギンリーはこの撮影の前に、モデルとなる友人達に「インスピレーションブック」という彼が集めたヴィジュアルイメージ(エリック・フィッシュルやアリス・ニールなどの絵画作品、ナショナル・ジオグラフィック誌、スポーツ誌、ヴィンテージのヌード誌、レコードやハリウッドDVD、クラシック映画のジャケットなど)を見せ、彼のイメージする世界を共有したそうです。初期作品から一貫して感じられる優しい空気感は、遊び心に富んだ官能的で冒険的な舞台にいる被写体が、過去の膨大なヴィジュアルの歴史をどん欲にインプットした撮影者と共に築き上げる、親密な関係の中から醸し出されるものなのです。
渋谷Hikarieの8/ ART GALLERY/ Tomio Koyama Gallery では、生きた動物と裸のモデルをスタジオ内で撮影した、最新シリーズ“Animals”を展示致します。マッギンレーは簡易移動スタジオと共にアメリカ中の数々の動物園や動物保護地区・施設を訪れました。「撮影セットの中でモデルが動物と打ち解けていく過程には、人間同士でのコミュニュケーションではめったに見ることのできない感情の真実が見えた。人間の方が、まるで動物たちがよじ登るための小道具のように見えて、とても面白かった」とライアンは言います(Marcus Chang によるインタビューより、ニューヨーク・タイムズ 2012年5月1日)。
動物とモデルが引っ掻き合い、掴み合い、かじり合い、そして抱き合う行為には緊迫感と同時に柔らかさが存在します。