<作品紹介>
名知聡子にとって絵画は自らの気持ちを語る相手であり、彼女はある時期の自分と正直に向かいながら、様々な感情をポートレートへと紡いでいきます。その多くは自らの経験に基づいた、恋の幸福感と痛み、ある特定の人物への想いです。インパクトの強い大きなペインティングを発表してきた名知は、「作品を見る瞬間は、自分の描き出すユートピアだけを見てほしかったから、視界いっぱいになるようにした」と話します。彼女は象徴的なモチーフを用いながら、まるで小説を書くように叙情的に、緻密な筆致でディテールを広い画面に発展させていきます。そこでは凝縮された当時の感情が、強いエネルギーとともに鑑賞者に語りかけます。
一方、友人の物語も名知が描き続けている画題です。名知の視点からしか見えない魅力を、その本人に見せてあげたいという気持ちからスタートした友人のポートレートのシリーズ。自分を掘り下げる作品とは異なり、冷静さを保ちながら感情を描写することができるため、名知の心境のバランスを整える不可欠な役割を果たすといいます。
膨大な時間と集中力によって生み出される名知の作品は、純粋さやロマンティックさ、そして狂気すら帯びるようなエモーショナルな側面やはかなさなど、女性らしいといえる要素を感じさせます。しかし彼女の作品が鑑賞者を強くとらえるのは、性別を超えた人間の本質として普遍的に存在する痛みや孤独、またそこから生まれる気高さや強さ、美しさが、描かれる人物たちの中に輝いているからなのでしょう。
<展覧会について>
今回名知は、前回の2010年の個展の際よりもいっそう自らの内面を見つめ、要素を削ぎ落して凝縮した表現に取り組みました。本展では横幅5m近い大きなペインティング《MANAMI》のほか、自画像、友人のポートレート、写真作品を含めた約5点を展示いたします。興味深いのは、顔の表情に重点をおくポートレートを描いてきた名知が、初めて顔が隠れている人物を登場させたことです。作品構成の複雑さを深めた、名知の新たな表現を是非ご高覧下さい。