この度、8/ ART GALLERY/ Tomio Koyama Galleryは、国川広 展「未分のレポート」を開催いたします。 国川の作品は、生活の中で感じる自身と現実との距離感から、不思議な人物像と空間を描き出します。それは目の前の物や現象ではなく、「楽しい、暑い、寒い」といった言葉では表現し難い、人の気配や空間を描く実験でもあります。国川は次のように語ります。「普段ものを見る時、見たものが見たままに見えることは意外と少ない。いつも、どこか今とは違う時間が流れ込んできて目の前の光景とは違う想像が重なって見えるような気がする。その想像は意識なくやって来て、自分が今ここにいるという感覚を脅かす。それは現実の中で少し宙に浮いたような感覚で、寂寞と夢見心地の入り混じったような不思議な時間である。ただ、想像といってもそれははっきりとした映像ではなくもっと漠然とした何かの気配に近く、捉えどころのないものである。」
タイトルの「未分のレポート」は国川自身が、不明なもの、不確かなもの、判然としないものを自分なりに取材したものだといいます。本展では、新作の絵画やドローイングを含む17点を展示します。現実と想像の狭間で、不確かなものを見つめ続ける国川の世界を是非ご高覧ください。
制作について
普段ものを見る時、見たものが見たままに見えることは意外と少ない。いつも、どこか今とは違う時間が流れ込んできて目の前の光景とは違う想像が重なって見えるような気がする。その想像は意識なくやって来て、自分が今ここにいるという感覚を脅かす。それは現実の中で少し宙に浮いたような感覚で、寂寞と夢見心地の入り混じったような不思議な時間である。ただ、想像といってもそれははっきりとした映像ではなくもっと漠然とした何かの気配に近く、捉えどころのないものである。 私が絵を描く時はその何かの気配を捉えようとしているのかもしれない。そのために、人の形や風景の形、昔頭の中で想像した映像を借りてきてその気配を捉えるためのヒントにしている。特に「人」というのはその気配を意識する上で欠かせないものになっているが、なぜ重要なのかは自分でも分かっていない。主に裸の人を描いているが、そこには「身体性」や「エロス」という言葉は出てこない。ただその形は現実的になってもいけないし、SF的になってもいけない。
しかし、形よりもっと大事なヒントは、二階の窓から人通りを眺めている時の自分の存在の薄さや、ずっとつけていたイヤホンをふと外した時の現実感のずれなど、生活の中で感じる自分と現実との距離感の中にある。そのヒントは感覚的なもので答えを導いてくれるものではないが、その距離感を丁寧に捉え整えていくことで見たかったイメージが立ち現れてくる気がする。(国川広)
国川広は1992年埼玉生まれ。2015年武蔵野美術大学油絵学科卒業後、武蔵野美術大学大学院油絵コースを修了。埼玉を拠点に活動しています。「アートアワードトーキョー丸の内2017」で小山登美夫賞受賞、主なグループ展「ミゲル&ジュリアン&ローレンのグレー・オブ・グレー」(Gallery NIW、東京、2015)、「spring fever」(駒込倉庫、東京、2017)、「アートアワードトーキョー丸の内2017」(行幸地下ギャラリー、東京、2017年)があります。