ヴィクトリア・ジットマン「On the Surface」

On Display 2010 oil on board 22.9 × 30.5 cm © Victoria Gitman

光が込められた絵画、ヴィクトリア・ジットマン展ヴィクトリア・ジットマンの描くフランドル絵画のような、硬質で精緻な女性の横顔のポートレートには、しばしば描かれるネックレスがありました。あるとき彼女は、そのネックレスだけを描くことを思いつきます。これが後に、ビーズのポーチやネックレスなどを描くシリーズ「On Display」となります。
彼女は骨董市などで描くモチーフを選びますが、そこでは純粋にそれが美的に優れたものかということだけを考え、特に、白いビーズのポーチには20世紀美術の粋が見て取れるといいます。フラットな背景に緊張感をもって配置される、幾何学的な文様のビーズのポーチやネックレスは、ソル・ルウィットやアグネス・マーティンの連続性を想い起させます。ポーチの規則的な模様を整然と画面に配置することで、ジットマンはモダニスト特有の絵画の平面性を示唆し、また絵の表面とフォルム、平面性と描かれているもの、視覚性と質感などを探求しています。作家は、まるでビーズ刺繍の行程を画面上で反復するかのように、ビーズ一粒一粒を描きますが、絵を描くのは朝から陽光があるうちに限られ、モチーフを描き終えたとき全体を包むやわらかい光は、モチーフが置かれている環境―光や風、湿度といった自然―をも感じさせます。「On Display」のシリーズに併行して、ヴィクトリア・ジットマンはルネサンス絵画のポストカードなどを元に女性のポートレートを描くシリーズ「TheBeauties」を続けています。この小さな作品のシリーズでは、編み込みの髪や、パールの首飾り、金襴の袖といった、オリジナルの作品でも執拗に描かれていた細部が、さらに緻密に、執拗に小さな画面に描かれることで、オリジナルに潜んでいたフェティシズムが露になります。作家の興味を誘ったのは、この上なく飾り立てた女性が、まるで陳列(On Display)されるように額縁におさまる、という構造そのものです。ポーチとネックレスを描いた「On Display」のシリーズと同様、繊細なディテールがそれを目の前にした鑑賞者を惹き付けます。そうして生まれる絵画と鑑賞者との間の豊かな関係性が、彼女の作品の核となっています。
本展覧会では、「On Display」のシリーズから、ペインティングとドローイングを展示いたします。光をまとい、静謐な空気を醸す、ヴィクトリア・ジットマンの写実を、ぜひご覧下さい。ヴィクトリア・ジットマンは1972年アルゼンチン、ブエノスアイレスに生まれ、10代でアメリカに移住し、現在はマイアミに拠点を置いて制作しています。1996年フロリダ国際大学を美術学と人文学で卒業。美術館での個展に、「Looking Closely: Paintings and Drawings」(2008年、ラスベガス美術館)、「On Display」(2005年、バス美術館、マイアミ)があるほか、ニューヨークのDavid Nolan Gallery、ロサンゼルスのDaniel Weinberg Galleryなど、アメリカを中心として個展を多数開催しています。作品はニューヨーク近代美術館、ロサンゼルスカウンティミュージアム、ホイットニー美術館などに収蔵されています。

アーティストステートメント:
On the Surface今回の展覧会に出展されているペインティングやドローイングは、「On Display」シリーズの一部であり、幾何学的な文様や、抽象的なデザイン、単純化された形を特徴としたヴィンテージのビーズポーチを描いています。無地の背景に平面的に置かれたポーチを描いたこれらの作品は、モダニスト的な抽象の形式的な要素を想起させ、また表面と形、平面性と描かれているもの、視覚性と質感、といった概念を探求しています。このシリーズの各作品では、直接的で細緻な観察に基づいて、ポーチが実寸大で描かれています。一日に数センチずつ、ビーズ一粒一粒を積み上げていく。その作業が描かれているものに少しずつ変わっていく、骨の折れるプロセスです。結果として生じる粒状のイメージは、まずその構築性ーフォルムを体系化していく要素の集まりーを可視化し、そしてゼウスの葡萄のように丁寧に並べられたビーズの幻想性へと導きます。正面に据えられたポーチは、模様の描かれた表面と平面的な画面とを繋ぐことで双方を同等のものとし、絵画の平面性というモダニスト的な理想を示唆します。ミニチュア化、結晶化された(架空の)ビーズの画面は、絵画の物質的な表面の代役となります。サイズが小さく、また細かく豊かなニュアンスをもった魅惑的な表面は、鑑賞者を近くへと惹きつけ、視覚的であるだけでなくまた触覚的でもあるような親密な鑑賞を誘います。これらのポーチは視覚と触覚が絡み合った絵画的欲求を引き出し、そうして生まれる絵画と鑑賞者の間の親密な関係が作品の核となっています。ポーチと絵画の間にある比喩的な類似を見出すことで、これらの作品はポーチをイメージとし、イメージをポーチへと装うのです。ヴィクトリア・ジットマン