杉戸 洋

空への近道

Installation view from “Passage to the Sky” at Tomio Koyama Gallery, Tokyo, 2007 ©Hiroshi Sugito

【作品紹介】
杉戸洋の描く絵画は、常に抽象と具象の狭間を行き来しています。私たち鑑賞者は登場するモチーフが織りなす世界を想像しながら、同時に色や形がもたらす画面のリズムによって、呼吸を繰り返したり、歌をくちずさんだり、ステップを踏んだりするような、身体が覚える喜びを味わうことができます。3歳から14歳までニューヨークで過ごし、帰国後大学で彼が選択したのは日本画でした。顔料というメディウムがもたらす繊細な色彩とマチエールは、以後彼の作品になくてはならないものとなります。 初期の作品におけるモチーフ – 小さく炎を吹き出している塔や、俯瞰図のように描かれる海と海上でやはり炎をあげている船、或は空に小さく浮かぶ戦闘機たちは、具体的なものとして見えながらも、絵画平面という場所に繰り広げられた点と線、カラーフィールド、フォルムの遊びであるようにも見受けられました。この頃から既に登場しているカーテンのモチーフは、以降の作品でもしばしば重要な舞台装置のイメージとして登場しますが、それは物語を上演する為のステージというよりは、私たちの身体感覚を狂わせ、異世界へのワープを誘う入り口のように思えます。「escape」「vent」「mirror」などのタイトルで描かれる作品には、どこかわからない出口へと通じる広場、大きな鏡に映し出された、池のように広がる異空間とそれを取り巻く小さな豆粒のような人々の世界など、鑑賞者が吸い込まれるような錯覚を覚える空間が描かれます。また、「hanger man」「elephant , buckle」などに代表されるシリーズは、線と色面とで構成された架空の生き物の形をしていますが、彼らはストーリーも感情も持たない、無口で静謐な存在です。
或は「song」のシリーズでは、杉戸の持っている「音」に対する感性、絵画におけるリズムの表現がよりクローズアップされます。水戸芸術館で展示された「two tree songs」では、大画面に立ち現れた2本の木が、それぞれ違う方法で描かれています。左側の木は、垂直線から成る幹の上に茂った枝の輪郭線だけが描かれています。背景にたたずむ大きな壁や上部の窓が透けて見え、鮮やかな色彩の線や鳥の羽のようなモチーフが、木というひとつの命から音符が溢れ出すようにその表面で躍っています。一方右側の木は、格子状の線から成る幹に、こんもりとした葉を思わせる緑色の面がのせられています。ここでもピンクやオレンジ、グリーンの様々な線が、雲のようにも見えるこの塊に軽やかな表情をつけています。この2本の木は互いに互いの呼吸を共鳴しあい、ステレオのように共振しているかのようです。両サイドにひかれたカーテンは背景へと溶け込んで行くかのように半透明化し、画面上部の緞帳はもはやその色をなくして見えるか見えないかぎりぎりの軌跡として描かれるだけです。

【展覧会について】
本展では、「two tree songs」から続く新作の大ペインティング4点、小ペインティング6~8点が出展される予定です。本展のタイトル「空への近道」は、杉戸がジャケットを手掛けるアーティスト、オトナモードのニューアルバムに収録された曲名からとられています。初日には、彼らのライヴも開催予定です。

  • Installation view from "Passage to the Sky" at Tomio Koyama Gallery, Tokyo, 2007 ©Hiroshi Sugito
  • Installation view from "Passage to the Sky" at Tomio Koyama Gallery, Tokyo, 2007 ©Hiroshi Sugito
  • Installation view from "Passage to the Sky" at Tomio Koyama Gallery, Tokyo, 2007 ©Hiroshi Sugito
  • Installation view from "Passage to the Sky" at Tomio Koyama Gallery, Tokyo, 2007 ©Hiroshi Sugito
  • Installation view from "Passage to the Sky" at Tomio Koyama Gallery, Tokyo, 2007 ©Hiroshi Sugito