【作品紹介】
日高理恵子の描く絵画には、一貫して樹木が描かれています。様々な構図で繰り返し描かれる木の幹、枝々、葉や花芽と、その合間に見える無限の空の広がりは、鑑賞者である私たちの視点をすくいあげ、異空間へと誘います。作家は、実在する木を実際に見上げながら、まず手元の画板に置ける紙のサイズで、ドローイング作品を制作します。その後、あるいは同時に、その数倍の大きさの麻紙に日本画材を用い、同じ構図のペインティング作品を描いていきます。
木々の姿は、細部に至るまで緻密に描写されているように見えますが、画面に近づくと、所々あらく絵具を削り取った幹のミニマルな陰影や、大胆に抽象化された枝先の線の、シャープにそぎ落とされた佇まいに驚かされます。25年以上、樹と空を見つめ、描き続けてきた作家は、まず水平に見ていた樹を真下から見上げるという視点の変化を経験することで「空間」を意識するようになり、『樹を見上げて』『樹の空間から』『空との距離』と続く作品で、空間や距離の捉え方をめぐる様々なアプローチを実践してきました。
美術批評家の中村敬治氏は、次のように述べています。「執拗に描写されているだけに、見る者の目は否応なく木にひきよせられ、木に見入り、その意味を探ろうとする。だが、描かれた木は、なにも応えない。(中略)——変哲もない木が極度にていねいに描かれていながら、それでいてなにも伝えてはいないという矛盾を、かろうじてひとつにつなぎ留めている狂気のようなもの、——描写の病気——それが作品を成りたたせている潜在的な力であるというほかないであろうか。」(中村敬治「きがかりな木」、『日高理恵子 <<樹>>』p.4, 北の大地美術館個展カタログ、小山登美夫ギャラリー刊 2004年) 純白の画面を縦横無尽に行き交う枝の姿は、木という自然の生命力を借りながらも、見る私たちの目線を自在に操る装置となって、絵のある空間そのものを新たに捉え直すことを促しているかのようです。
【展覧会について】
本展では、日高が近年取り組んでいる連作『空との距離』の最新作を展示いたします。数年前からモチーフになっている百日紅の木を、今回は作家自身が描写する際の視点を更に高く設定し、より空に近づく形で、実物よりもはるかに大きなスケールで描くことになりました。「私にとって枝は空間を測量するメルクマールのようなもの。空間を刻むための目盛りのようなものなのです」(日高理恵子「『空との距離』をめぐる覚え書き」gFAL 武蔵野美術大学刊 2008年)と日高が語る通り、画面いっぱいに伸びる枝々とその合間から広がる純白の空間は、「見つめれば、見つめるほどに見えてくる測り知れない距離」を感じさせます。「いわゆる遠近法的な奥行き、空気遠近法的な描写とは違う遠近感、距離感を私自身の知覚をとおして絵の上に残してゆきたい」という作家は、ぎりぎり眼で見ることのできる枝葉だけを捉え、木肌の表情などはそぎ落として、描く要素をより絞り込んでいきます。「見極めきれない、測りしれない、ということを自分自身の感覚としてリアルに感じつづけるために樹を見上げ描いているのだと思う。少しでも測りしれないものに近づきたい、あの空を描くために樹を描いているのだと思う」という作家の、新たな試みを是非ご高覧ください。