1959年東京に生まれ、80年代頃から作品を発表し始めた桑原正彦。高度経済成長期に育った桑原の絵画には、その歪みや暗部が内包されているかのようでした。体の半分がハムになった豚や、輸入のきらびやかなおもちゃの粗悪なコピーのようなイメージ、工場排水に汚染された水辺の奇妙な生物などが、のっぺりとした筆致で繰り返し描かれ、それはまるで、日本の戦後文化の後ろめたさ、恥ずかしさを白日に晒すようで、ある種の社会的問題提起の力を備えていました。
しかし90年代後半から、彼の絵画はそうした社会的言説性から徐々に遠ざかり、眼差しはよりプライベートな、内面の方に注がれるようになったようです。花やクラゲ、人形のようなモチーフが遠近なく乳白色の中に浮かび、そこには独特の体温、気だるい温もりが漂います。そして、雑誌や広告上で日々消費される無名の女の子たちのイメージが、頻繁にあらわれる頃から、それまでの桑原の絵画に支配的だった粘着的な重さは、軽妙さにとって代わられ始めます。近作の明るい画面には、そこはかとない寂寥感と表裏一体の不思議な多幸感が満ち、女の子のイメージは、どことなく聖母とも重なります。本展覧会では、2012年の個展以降に制作された新作を展示します。