【作品紹介】
杉戸のアトリエには、下地を塗られた大きなキャンバスが、常に幾枚も置いてあります。淡いパステルカラーでまんべんなく彩られたものもあれば、テキスタイルのパターンのような格子が一面に描かれているものもあります。「自分が絵筆を動かし始める時は、まるで何もかも置いて一人森の中へ歩いていくような感覚で、するとその森の力を奪ってしまうような言葉や意味を求めてしまうので、今度は自分自身がただその場からゆっくり消えてしまうようにする」(プレスリリース/マーク・フォックス LA /96年)という杉戸の言葉を想起するなら、それらのキャンバスは、あたかも森の木々たちが、作家によって生命を吹き込まれるのをひっそりと待っているかのようです。
日本画を専攻し、顔料というメディウムを多用しながらも、杉戸が描くペインティングは、いかにして平面を成立させるのかという西洋近代絵画以来のテーマを引き継いで来ました。画面を区切る矩形は、ある時は蝶に、ある時は山になり、塗りつぶされた色面は、茂る木の葉や雲に姿を変えます。あるいは故意に下地のまま残された空白の部分さえも、大気や水、あふれる光、森の中に突然現れた透明のカーテンなど、そこに描かれていない何かを、確実に鑑賞者の目に映し出します。具象と抽象の狭間を行き来するこれらの作品は幻視的で、観ている私たちに身体感覚を狂わせるような錯覚を与えます。モンドリアンの画面分割、マチスの装飾と溶け合ったモチーフ、抽象表現主義の色面と線のリズムなど、画家たちが探求して来た絵画平面の未知の可能性をひもとく端緒を、杉戸もまた模索しているのかもしれません。近年では、台座と共に展示される板絵や、鉄を鋳造したレリーフなど、作品は3次元へも広がりを見せています。
【展覧会について】
本展は、4月23日から青森県立美術館で開催される開館5周年記念展「はっぱとはらっぱ 青木淳×杉戸洋展」の、さきがけとして行われます。二人にとっては、建築も美術も、完結することのない「テストピース」。作品が完成すればおしまい、ではなく、使う人、観る人によって、常に少しずつ生まれ変わっていくのです。今回は、日常で誰でも目にするものを使って、「フレームの中に、風景の中に、どこにどういう蜘蛛の巣を張るのか」。ギャラリーが「スタディー空間」に変身します。どうぞこの機会にご高覧下さい。