柏原由佳

「跡の後」

Thousand Years 2012 tempera and oil on canvas 180.5 x 260.0 cm ©Yuka Kashihara

<作品紹介>
柏原由佳の描く風景画では、実在する景色と内的な想像の空間が豊かに織り上げられています。日本で日本画科を卒業した後ドイツに渡った柏原が、今も拠点をおくライプツィヒは、旧東ドイツの面影を残し、その街は作家に、故郷と今暮らす土地との物理的、精神的距離について感じさせました。内省的な思索は「山」「穴」「湖」「森」といった、自然のモチーフにシンボリックに表現されるようになります。柏原のペインティングは、日本画の技術を油画の技術と織り交ぜ、油彩で何度も薄い層を重ねて描く手法により、絵画空間をより豊かにする独特の雰囲気と色の響き合いを与えられています。大原美術館館長の高階秀爾氏は柏原の作品について、「日本とドイツ、東洋と西洋という二つの世界を背負って、独自の表現領域を切り拓いている。油彩画でありながら西欧の油絵の粘っこさを持たず、ゆるく溶いた絵具を薄く幾重にも塗り重ねる独特の技法もその表れだが、それと同時に、二重の伝統に養われた眼で大地を見続けるこの優れた才能は、さらに大きな期待を抱かせる。」(『本』11月号、講談社、2012年)と書いています。

 

<展覧会について>
本展覧会は、柏原にとって小山登美夫ギャラリーでの3回目の個展となります。2011年の小山登美夫ギャラリーでの初個展「〜真ん中へ」では、“ずれていく自分の中心を探り当てようとする”プロセスが“穴を掘る”という行為に換言され、洞窟のようなイメージが生まれました。その後、一時帰国していた日本で東日本大震災を経験した彼女は、作品のモチーフとしてきた自然に、異なる感覚を持ちはじめます。
——「いつもの森の中に入って行ったら、守られているような感覚に陥って、自分がずっと守ろうとしてきたものに、実はずっと守られていたのかもしれない、というところから、自分の中に向かって行っていたはずのベクトルが、気付けば外に向かって行っている感覚がありました。」(柏原由佳、2013年)
こうしてできた作品は、2012年の個展「トランジション」で発表されました。今回出展されるのは、2mを越すペインティング5点を含む新作約15点です。柏原は出展作について次のように語ります。

会いたい人がいます、でもその人に会えません。
その人に会えない代わりに、北海道に行く事にしました。その人の故郷です。
初めて訪れる北海道はどこかドイツと似ていて、初めてなのに、どこか懐かしい、懐かしいのに見た事がない、という感じで原生林の中を散歩していると、形の珍しい、見た事の無い北の大地の植物は、私を招き入れてくれてました。
そこから出来た作品が今回の、「Arrival」「Sky Lake」です。
(柏原由佳、2013年)

いくつかの意味合いがあるという展覧会タイトル「跡の後」は、痕跡を何度も繰り返す、というイメージから発想したといいます。遥か昔からの痕跡の蓄積としていま目の前に広がる景色や時代を、何度も思いおこし、描いては消すを繰り返しながら懸命に追いかけようとする作家の、静かな覚悟の表れでもあります。

 

作家プロフィール

柏原由佳

柏原由佳は1980年広島県生まれ。2006年に武蔵野美術大学造形学部日本画学科を卒業し、渡独。2012年にはVOCA展に出展、佳作賞と大原美術館賞を受賞しています。同年、ポーラ美術振興財団在外研修員としてドイツにて研修。ライプツィヒ視覚芸術アカデミーを2013年に卒業し、2015年同アカデミーマイスターシューラーを取得しました(Annette Schröter教授に師事)。現在、ドイツ、ベルリンを拠点に制作活動を行なっています。

主な個展に、「借景」(バウハウス・デッサウ財団研究員Torsten Blumeによるキュレーション、バウハウス・デッサウ、ドイツ、2008年)、「最初の島 再後の山」(大原美術館、岡山、2016年)などがあり、小山登美夫ギャラリーでは2011年、2012年、2013年、2016年、2019年と5度の個展が開催されました。

柏原由佳は、透明性と濃密さが共存した、生命力溢れる独特な作品世界をつくりあげています。
彼女の絵画制作は、西洋の伝統的な古典絵画技法に基づき、半油性下地を独自の配合で混ぜ合わせてキャンバスに塗りこむ作業からはじまります。そこでできあがったオリジナルのキャンバスの上に、油絵の具を日本画のように薄く溶き、同時にテンペラ絵具も用いながら描いて独特な深い色彩を表現するのです。

柏原の作品には、現実の景色と内なる想像の空間がゆるやかに編み込まれて存在します。その背景には、日本を離れ渡独して制作を続ける彼女の、内と外の「距離」への興味が介在しているといえるでしょう。ドイツと日本の物理的な距離、それぞれの文化間での精神的な距離、また日本人としての自分と、ドイツにいる自分との距離。それは彼女が作品で繰り返し取り上げる洞窟、穴、山、湖といったモチーフを、内省的な思索をシンボリックにあらわすものへと昇華し、大地にひそむ根源的な自然のエネルギーをも喚起させています。

出版物
http://tomiokoyamagallery.com/publications/artist-meets-kurashiki-vol-14-book/

http://yukakashihara.com