小山登美夫ギャラリーでは、ソピアップ・ピッチ展「RECLAIM」を開催いたします。
ソピアップ・ピッチは、カンボジアの現代アートを代表する作家の一人です。カンボジアに根ざした手仕事と素材への畏敬の念と情熱を、洗練された現代的な構造で表現し、今までに多くの美術館個展開催、国際美術展の参加、国際的に活躍してきました。
日本では2017年に森美術館での「サンシャワー:東南アジアの現代美術展」(国立新美術館にて同時開催)に出展、作品はカタログの表紙を飾り大きな話題となりました。また同年には、第57回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展「VIVA ARTE VIVA」への出展、および日本での初個展となった小山登美夫ギャラリーでのソピアップ・ピッチ展「desire line」を開催し、さらなる飛躍を遂げています。
本展は、日本での2度目の個展となり、待望の新作を発表いたします。
【ソピアップ・ピッチ、および作品に関して – カンボジアへの想い – 】
ピッチは1971年カンボジア生まれ。幼少期ポルポト政権下の悲惨な時代に育ちました。1979年には情勢不安から逃れるため、家族でタイ国境近くの難民キャンプに5年間滞在。そこでNGOが運営するアートスクールに通い、ペインティングに興味を持ち始めます。1984年には一家でアメリカに移住し、1990年マサチューセッツ大学アマースト校に入学。父の希望もあり医学を専攻しましたが、ペインティングへの興味を捨てきれずファインアート専攻に転部し1995年に卒業。その後1999年シカゴ美術館附属美術大学ペインティング専攻を修了しています。
しかし卒業後のNYでの制作活動で、彼は作品表現に苦悩し模索します。ピッチは悲惨な体験があったにもかかわらず母国の光景に飢えていたのです。そして2002年ついにカンボジアに帰国、農村での生活に戻る決意をしました。
帰国後に出会った人、ものはピッチに大きな影響を与えることになりました。周りはすべて自然。農村地帯の納屋は竹で編み、土と稲藁をまぜたもので覆っていく。それらは手作りで、とても美しく見えたのです。
そしてピッチは、竹やラタン、ワイヤー、蜜蝋などの地域に根ざした素材を使用し、自分が魅了された木々や花などの植物、自身が学んだ人間の解剖学や、都市構造などからインスピレーションを得て、有機的かつ幾何学的な立体作品を精力的に制作しはじめました。それは目の粗い織り方で透明性があり軽く見せながらも、洗練された機能的な構造による圧倒的なボリュームを生じさせており、鑑賞者はまるで空間全体にエネルギーが溢れ出ているように感じるでしょう。2011年以降のミニマリズムを彷彿とさせるようなグリッドのレリーフ作品も、ピッチの代表的な表現の一つとして制作を続けています。
ピッチは自身の制作に対して次のように語っています。
「カンボジアでの経験は全て素晴らしくて、悲しくて、辛くて、美しいです。私はそれらを作品で見せたい。表面の美しさだけではなく、作品を作る過程も見せたいのです。私にとって、大きな竹を薄く切ったり、ワイヤーで縛ったりすることを繰り返す作業は楽しいです。よく伝統的な方法で制作していると言われますが、私のテクニックは現代的なものだと思います。」
(「アートに全身全霊を捧げ、闇の中に光と真実を探す」Interview with: ソピアップ・ピッチ、アートコレクターズ、2017年12月号)」
こうしてピッチの立体作品は世界中の人々を魅了し、2012年第13回ドクメンタへの出展、2013年NYのメトロポリタン美術館、2014年インディアナポリス美術館での個展開催などをきっかけに、現代アート界において国際的に名を広めます。作品はニューヨークのメトロポリタン美術館、グッゲンハイム美術館、パリのポンピドゥー・センター、香港のM+、シンガポール美術館、サンフランシスコ近代美術館等、世界各国の主要な美術館に所蔵。日本では東京都現代美術館、森美術館に所蔵されています。
【本展における新作に関して – カンボジアの現状を通じて、そこに在る「もの」】
本展では、従来の編み込み技法と、ピッチがこの7年ほどでカンボジア各地から集めたアンティーク家具などの木材、金属、牛革などを組み合わせた新作のレリーフ、および立体作品を発表いたします。
今回のレリーフ作品は、1つの作品の中に2つの構造を持ち、片側にアンティーク家具の木材、もう片側にはその木材の構造を竹の編み込みのグリッドで再現して併置。アンティークならではの継ぎ目や傷跡、無数の穴の痕跡までも金属や牛革で表現しています。それにより、作品には木材が経た時間、痕跡が新たな形であらわれ、2つの構造がまるで時空を超えて作品の中で対面し、お互いの存在を投影しあっているかのようです。
この作品の背景には、現在のカンボジアの木材に対するピッチの懸念が現れています。近年カンボジアでは、中国やベトナム、タイなどに密輸され木が少なくなってきていること。またカンボジアの古い美術作品は全て戦争により奪われてしまったが、古い家具は重要なものと見なされず、カンボジアに残っていること。作品の中でアンティーク家具の木材にアートとしての価値を付与することで、そのものの用途を取り払い失われた文化に対して目に見える形での考えを提示しているといえます。
また立体作品「Animal(動物)」は、水牛と牛の角、革、竹、ラタン、木、金属を素材とした、2×2.5mの大きな作品であり、ブルドーザーなどの機械のようにも、大きな動物のようにも見えるでしょう。これには、現在のカンボジアの農業がまだ近代化が進んでおらず、牛や馬が主要な動力であり「機械」の代わりをしているということ。また世界的にいえば近代化によって「機械」が「動物」の代わりをしているともいえ、動物が必要とされなくなってきているという暗喩が込められています。
【ピッチ作品の社会性、「魂を救う」アートの役割と自律性】
こうした状況の中、ピッチは自身で40ヘクタールの土地を所有し、木々やココナッツを植え育て、川に橋を渡し、灌漑して農業を営んでいます。自身の土地を所有することでカンボジアの土地を守ることを実践しており、アートにとどまらず、カンボジアのあり方や未来に対する責任や覚悟をもち行動に移しているのです。
森美術館副館長兼チーフキュレーターの片岡真実は、本展カタログに寄せたテキストの中で次のように論じました。
「(ピッチ作品の本質は)むしろ素材そのものが語る歴史や記憶、あるいはその存在そのものにあるように思われる。政治、経済、社会、文化など多様な時代の変化を受け容れながら、そこにただ在る素材。ソピアップ・ピッチは、自身の生まれたカンボジアに拠点を置き、自然のなかに身を委ね、農業を営みながらそこに居る。それは彼が自分自身であるためのポリティクスなのかもしれない。そして、そこから創出された作品に向き合うことで、われわれもまた、目の前にある木や石の声を聞き、その無心を学ぶよう促されているのかもしれない。」
(片岡真実「木石の無心 ー ソピアップ・ピッチのポリティクス」、『Sopheap pich RECLAIM』小山登美夫ギャラリー刊行、2019年)
またピッチ自身、次のように語っています。
「今の世界は闇に満ちています。私はそこに光を探し当てることに興味があるのです。アートは闇と闘い、悲しみと対面し、魂を救うための術です。アーティストはある種、精神を救う医者のようなものだと思います。」
(「アートに全身全霊を捧げ、闇の中に光と真実を探す」Interview with: ソピアップ・ピッチ、アートコレクターズ、2017年12月号)
ピッチの作品は、土着性と現代性、時代や土地の背景を踏まえ、素材がもつ時間に思いを馳せながら、アートという媒介によって人々に表現の喜びや自由、可能性などの本質的な世界を表してくれているのではないでしょうか。それこそが、ピッチが国際的に評価を得、世界中の多くの人々を魅了する所以といえるでしょう。この機会にぜひご高覧くださいませ。
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