この度小山登美夫ギャラリーでは、大野智史「Sleep in Jungle.」を開催致します。本展は大野にとって当ギャラリーにおける5度目の個展となり、新たな方向性を感じさせるドローイング、ペインティングを発表致します。
自然の威厳と人間の欲望、夢と同化したハッピーで幻想的な世界
大野の新しい絵画表現への挑戦
【本展および新作に関して】
大野智史は1980年岐阜県生まれ。2004年東京造形大学美術学科絵画専攻卒業しました。同年に鹿児島県甑島のアートプロジェクト参加、亜熱帯の島で生活し、その記憶と大きなスピーカーのある東京の部屋の中での生活が溶け合った「Sleep in Jungle.」シリーズが生まれました。
本展における大野の新作は、「Sleep in Jungle.」シリーズとの繋がりをもち、亜熱帯のジャングルに包まれ、溶け込み、夢と同化したかのようなハッピーで幻想的な世界観を表わしています。
大きな器であるベッドは男性を表し、中に寝そべる女性は居心地よくまどろみ、植物の中にいる男女の慈愛は、そのまま大野の「人間的な部分をどれだけ描けるのか」という挑戦の現れでもあります。近年、大野が描く風景画にはレイヤーの重なりが過剰に見られており、それがPCのウィンドウや動画における多層映像、そして現代社会の多層構造との関連が見られていましたが、本出展作では一転、みずみずしさと鮮やかさを保った色彩により、背景と人物が一つの画面に溶け込んでいるような描き方をされています。人間や環境の全体をとらえ、絵画空間に入り込む新たな画面構成には、なんとも言えない一体感や、空間性や時間軸、鑑賞者の視点や自我をも画面の中に溶解するように取り込まれるような力があります。
また、描かれている緑は自然界にある緑というよりも、汚染されたケミカルな緑色です。そこには自然と現代に潜む問題との関連が現れていると言えるでしょう。
【大野智史と作品について – 原生林と身体性、植物とプリズム – 】
大野の作品において、原生林は大きな意味を持ちます。2004年の鹿児島県甑島のアートプロジェクト参加後も、北海道の原生林やカリブ海のケイマン諸島などを訪れ、原生林の自然に生と死、母性といった圧倒的な力と鮮烈な印象を抱き、自らの活動拠点を富士山麓の富士吉田へ移動。日々現代社会と原生林の比較の中で感じる新しい鋭敏な感覚から、自然界とつながる身体性を己の表現へと昇華していきました。
そして現在にいたるまで、大野は様々な表現方法を発表してきました。2006年の当ギャラリーでの初個展「acid garden」では、両性具有的な自画像と風景が描かれた巨大な絵画を、立体や木、土、オレンジ色のホース、砂で床に描かれた模様とともに構成するインスタレーションとして発表。2009年「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」の廃校を舞台とした「福武ハウス」では巨大な絵画が林立し、まさに原生林のような空間を出現。不穏で野生的な空気感すら感じさせていました。
また制作初期から「Prism」シリーズも手がけます。蛾が、ヤモリに食べられてしまう運命ながら、街灯の光に引き寄せられていく様子を目撃した経験によるもので、蛾の目線で見えたであろう人工的な光のインパクトや、死を前にしても光に向かってしまうはかなさ、そして現代文明の死ぬまで豊かさを消費し肥大化していく姿も表しています。そして光についての科学的研究を踏まえた究極の美の表現とも言え、現代の閉鎖された空気感、人工と自然との対峙と融合も表しています。
【気候風土と東西の美術史の考察、デジタル化時代の絵画】
加えて、大野の制作の背景には東西の美術史と、絵画的表現の深い分析があります。
2013年大野はダイムラー・ファウンデーションのグラントでベルリンに滞在。自身影響を受けたドイツ表現主義作品を浴びるように鑑賞し、作家本人が「文化や芸術の構築が『気候』というシンプルな答えに立ち戻ったような気がした」と語るように、ヨーロッパ絵画(ドイツロマン派のカスパー・ダヴィッド・フリードリヒなど)と日本絵画(長谷川等伯など)における光や霧や雲の表現の差異から気候風土とそこではぐくまれる絵画的意識についての考察をしました。その体験が、2014年原美術館での「『アート・スコープ2012-2014』─旅の後もしくは痕」での出品作として、生育する環境や風土が直接的に関連する「植物」をモチーフとした表現を生み出すことになります。
そうして、自画像、両性具有、原生林、亜熱帯植物、プリズムといったモチーフは、大野作品における重要な要素となっていきます。また同時に、大野は21世紀のデジタル化時代における絵画表現の可能性も追求し続けており、感覚の多層化ともいえるような、アクション性を持つ線や筆致をレイヤーのように画面に重ねていくと同時に、フラットな色面を拮抗させ、平面の画面にイメージとしての空間を構築しています。作品は、国立国際美術館(大阪)、トヨタアートコレクション(名古屋)、原美術館(東京)、ビクトリア国立美術館(オーストラリア)等に収蔵されています。
大野は自分ならではの表現主義とでもいうような、自然や社会の中に存在する「自我」の内面性を表し、追求してきました。
美術評論家のデヴィッド・エリオット(元森美術館館長)は大野の作家性に関して次のように述べています。
「彼が日本人アーティストであるという明白な事実は、大野にとってさほど重要ではないように思われる。そこには、伝統や感情や様式を取り入れて自分独自のものにする自信と技量がある。これこそが、どこに住んでいようと歴史を通じてあらゆるアーティストが成し遂げていたことではないだろうか。」
(デヴィッド・エリオット「ガーデンからプリズムへ 大野智史の作品の一年」、『ritual TEAM 08 大野智史』展覧会カタログ、トーキョーワンダーサイト渋谷、東京、2007年)
それは様々なものに汚染され、もまれながらもその状況を正面から受け止め、今と未来を生きる作家の決意の現れとも言えます。そのような現代性を持つ大野の作品の変化は、なにを予感し、示唆しているのでしょうか。本展において、鮮度に溢れた最新作をご覧にぜひお越しください。
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