風能奈々は、幼い頃から耽溺している物語や神話に登場する、動植物や人、風景やおまじないの道具などのモチーフを、多様な質感で、重層的かつ透明感あるマチエールに豊かに紡ぎあげます。
まるで織物を一針一針織っていくかのような、点描画をも彷彿とさせるアクリル絵具の立体的かつ繊細な筆致、クリアジェッソとメディウムを塗り重ねていくことで得られたまるで磁器を思わせる光沢感、マスキングによって浮かべられる模様など、画面に重ねられるレイヤーがつくりだす視覚効果は、「浮いているのでもない、重なっているのでもない、奥行きという表現では捉えきれない空間的な複雑さ」(長屋光枝「現代美術の展望 VOCA展 2009」カタログ)をもちあわせています。
今回の新作に関して風能は、今まで自らの作品に求めていた画面の大きさや迫力、どこまでも続く万華鏡のように緻密に反復されたモチーフ等、緊張感すら伴う厳かな雰囲気から少し離れ、ささやかさを纏った感覚的なイメージを表現する方向に変化したと言います。以前は自分自身の底の底にあるものを探求し、「ひとりの世界に閉じこもる」ための内向的な表現をしていましたが、ともすれば情緒不安定にさえなるその突き詰めた姿勢から、ふと、時間的余裕により作品や自身を客観的に見つめ、「足し算」でなく「引き算」を意識し始めたと語ります。
「今回はとりとめもないモチーフがちらばっている作品が多く、それを目の中で線でつないでみたり、目の中で星座をつくるようにして視線を動かしたり、またそれに名前をつけてみたりします、意味のないものに固執したり価値を見いだしたりそっと掬い取ったりします、名前をあたえることも大事なパーツのひとつという感じです。 — 風能奈々」
本展のタイトル「線でつなぐ遊びと名前をつけること」にもあるように、今回の風能の新作は、モチーフ同士が繊細に拮抗し、対になったり離れたり、鑑賞者の豊かな想像力を引き出すような遊び心に溢れています。
また技法に関しても実験的な方法を取り入れています。以前はマチエールを重ねて一手二手三手と先を想定し、意味を持たせた綿密な思考を基に技法を用いていましたが、今回はラフに刷毛で塗ったクリアジェッソの上に色を乗せたり、その後に布で拭き取ったり、「目が気持ちいい」と思ったところで止めてみる、また描いたものを全て塗り直し新たに描き始めるなど、とりとめもなく自らの感覚の赴くままに画材を操り、不可抗力による新たな表現を作家自ら楽しんでいるようにも見られます。
初期の頃からイメージの源泉となっている、毎日欠かさずに描いているというドローイング・ノートも継続して描かれています。風能から溢れる描きたいという気持ちと描きたいモチーフを受け止める受け皿となり、作家自身「繰り返したくさん描いているうちにモチーフと親密になっていく」というように、タブローでの魅惑的な発展を暗示するエネルギーの役割も担っています。
本展では、大小様々な新作ペインティングを展示いたします。今回の風能の新境地は、生涯制作をしていく為の変化、決意の表れでもあります。意欲的な表現と、物語に満ちた幻想の世界を是非ご高覧下さい。