この度小山登美夫ギャラリーでは、安藤正子展「Portraits」を開催いたします。待望の5年ぶり4度目の開催となる本個展では、新境地を開いた陶のレリーフ作品、初公開の木炭、鉛筆、水彩によるドローイングを発表いたします。
【展示風景 オンラインビューイング】
協力:Matterport by wonderstock_photo
【安藤正子と2016年以前の作品について】
安藤正子は1976年愛知県生まれ。2001年愛知県立芸術大学大学院修了。現在は瀬戸市を拠点に活動し、愛知県立芸術大学にて准教授を務めています。
主な展覧会として、2012年に2 度目の個展として開催された原美術館での「ハラ ドキュメンツ9 安藤正子 ― おへその庭」があります。
子どもや毛糸の編み物、動物や草花などをモチーフに、油絵具の特質を生かし、緻密な描写や大きな余白などの画面構成等、様々な絵画的要素の中で生み出された、滑らかな絵肌のペインティング作品と、それと対照的に硬質な質感の精緻な鉛筆ドローイング。日々の暮らしの事象が切れ切れの記憶や言葉の断片などと結びつき、綯い交ぜとなった詩的な安藤の作品世界は、大きな反響を呼びました。
その絵の形は、2016年の個展「安藤正子 作品集刊行記念展 『Songbook』」で出展された「うさぎ」「パイン」「APE」の3点のペインティング作品において、安藤曰く次のような境地に達します。
「そこまでの絵は、若い時代の人生の進み行きと共に、ひとつひとつ見つけて作ってきた絵の形だと思うのだけど、それがこの3枚で、もう、極まった、出来上がった、もうこの描き方でこれ以上のものは生まれない、というところまで満ちた、という気がしました。
『うさぎ』は、特に、描き方、素材の扱い方、のような部分で。
『APE』は、考えや気持ちを、如何に意味から逃れて「絵」にしていくか、という技、みたいなところで。」
【本出展作について – 木炭ドローイング
人の表情と気配、状況の細部を表現し「日本人」を描く】
本出展作は、そこから始まった安藤の新しい表現への模索の成果です。
瀬戸への引っ越し、第二子の出産等の生活の変化に加え、新しい表現への大きなきっかけの一つは、2017年「リアル(写実)のゆくえ」(平塚市美術館、その後国内4カ所へ巡回)に参加することで得た日本近代絵画への新たな視点でした。
「以前の描き方で道を辿っていくうちに、線や形を修錬させていく方へ向かっていき、それは人というよりは仏像のような、人を超越したものの方へ向かっていくように感じていました。
もっとこの、目の前で顔を赤くしたり青くしたりして泣いている子どものように、人生に疲れが出ている夫のように、人を描けるようになりたい、と思うようになっていたのです。そこに美しさが感じられましたので。
同時に、『日本人』を描きたい、と思ったのでした。外国で勉強して帰ってきた近代の画家たちが、帰国後、ことごとく日本人を描けないでいるように思えて、でも今まで敬遠していた彼らの、その打ち破れている姿に心動かされました。
そしてそれは今、自分が確かに感じ、描きたいと思っているものが、誰にも描けずにそのままになっている、ということだ、日本人を描く、それも実態から離れずに、しかし写真のような写実では絶対になく、ということと、自分の求めている絵の感じというのは、同じものだ、という気がしたのです。」
そして、制作を重ねる中で安藤は、自身が見ているのは、人の表情や着ている服の柄、その人の居る状況や気配といったものだと気付きます。その空気感を大きく作る感覚と状況の細部、その双方をいかにして実現させるかということが、安藤作品にとっての大きな主題の一つとなっていくのです。
そんな中、まずその感覚に合ってきたのは、木炭紙に木炭で描くことでした。以前の鉛筆画よりも空気感や人の表情もふわっとした状態で作られており、まるでモチーフの人物がまとう気配が画面から漂ってくるようです。そこで得た大きな空気感の表現に加え、求める細部の実現への突破口について、安藤は2018年のドローイング作品「眠れない」の制作過程を引き、以下のように語っています。
「ある時、ネグリジェを着た子どもの姿を描く時に、まず紙の全面に規則的に小花柄を水彩で描いてから、木炭で描いてみたんです。それはすごく求めている感覚に触れている気がしました。大きな仕事を扱いながら、小さな仕事に止められることなく、また、大きな仕事を重ねても小さな仕事が壊れない。その方法で、ドローイングは、やりたいことと近いものができるようになった。でも、ペインティングとなるとまた違う方法を見つけないと描けないのでした。」
【新作の陶のレリーフと水彩ドローイング
– アンコントロールのバランスと、「暴力的に素直なまなざし」】
安藤にとって初の試みである陶のレリーフ制作のきっかけは、2019年瀬戸現代美術展の展示に誘われたことでした。瀬戸市での暮らしの中で、陶が身近にある環境にあったことに加え、安藤は、その時、陶によってなら、「求めているあの感覚」が実現できる、という直感に駆られたと言います。
粘土で形を細部まで追っておいて、釉薬で大きなイメージをコントロールする。全体の仕事と細部の仕事が混じり合わず、かつ素材の力も取り入れられる。その予感は的中、瀬戸市の新世紀工芸館にて、半年間レジデンスアーティストとして学び、陶による制作をはじめました。
陶という素材はまた、いままで唯一無二のペインティング、ドローイングを制作してきた安藤に一つの原型から、土や釉薬、焼きによって、「イメージの照準の置き場」を幾通りも変えた全く別の作品を作ることができるという大きな副産物をもたらしました。
本出展作の「ニットの少女 ll」「lll」「Ⅳ」は、同じ原型から作られています。ニットの編み目、強い意志を感じる少女のまっすぐな視線、そこに対する作家の眼差しと感情の揺らぎなど、安藤作品に通底するモティーフを手やヘラで彫刻的に緻密に形作りつつ、陶ならではの素材の力や釉薬、焼きの偶然性、作品ごとのバリエーションの変化が大きな特徴です。
一方水彩のドローイングは、暮らしからより瞬間的にピックアップされて作られた作品群です。以前のように頭の中のイメージから描くということはなくなり、日々撮り溜めた無数の写真から、絵として再構成し描かれています。
安藤自身次のように語ります。
「水彩ドローイングは、滲み方で自分の思っていたのと違うところに絵がオチをつけてくれるのが面白く、それは陶とも通じるところが多いです。水彩は手軽だし、半分はコントロール、半分はアンコントロールみたいなことがすごくいいバランスでできるようになって、とてもリラックスした、でも集中した状態で描いています。」
少女と黒い手袋などが描かれた「生きている首」、ダンボールに入った姿の「拾ってください」など、タイトルとあわせて見ると、まるでイメージと色彩と共に詩が織り成されるようです。
安藤は「リアルのゆくえ」の展覧会図録の中で、次のように書きました。
「いい絵は、宇宙人が描いたように見える。暴力的に素直なまなざし」
「大きな真実のための無数の小さな嘘、とボナールは言った。芸術ってそういうものだと思う。そんなふうにしてこの世のふしぎをうつしていく」
様々な表現方法を模索し、「絵」を探求し続ける飽くなき情熱。アンコントロールを楽しむ余裕を得ながら、「暴力的に素直なまなざし」で、日々を見つめ、「絵」を作る。
安藤の新しい挑戦をぜひご高覧ください。
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